機械設計 連載「教えてテルえもん!3次元ツール習得への道」
2025.03.06
第6回 3Dプリンタを活用した働き方改革とDX
いわてデジタルエンジニア育成センター 小原 照記
3Dプリンタの選定基準をまとめると、以下のとおりである。
① 造形サイズ
② 造形精度・品質
③ 造形スピード
④ 材料、強度・剛性
⑤ 後処理(サポート材の除去など)
⑥ メンテナンス性
⑦ コスト(導入コストや材料費などのランニングコスト)
これらをレーダーチャートにして比較してもよいだろう。このほかにも3Dプリンタの造形設定を行う「スライサー」と呼ばれるソフトウェアの機能性や操作性、使える材料の色や材質の種類の豊富さ、不具合や困ったときのサポート体制なども検討事項としてあげられる。自社で3Dプリンタを導入する際は、どのような用途で使いたいのかを明確にし、選定基準をつくり、さまざまな機種を比較検討しよう。
造形サービスの活用
用途に応じて3Dプリンタを使い分けるのが理想ではあるが、1社で複数台の3Dプリンタを購入し、メンテナンスもしながら使用していくのは非常に大変であり、コストもかかる。機械設計で必要な精度や強度を求めていくと、どうしても何千万円もする高額な3Dプリンタが必要になってくる。金属を造形する3Dプリンタとなると、1億円を超えるものもある。量産目的など、製造設備として導入するという選択肢もあるが、小ロット生産などであれば、自社で3Dプリンタを保有するのではなく、外部の造形サービスを利用する方法もある。
外部の造形サービスのほとんどは、3 次元データがあれば無償で見積金額を算出する。最近ではWeb サービスへ3 次元データをアップロードするだけで、自動で見積金額を提示してくれるものもある。3Dプリントだけでなく、切削加工や板金加工などもWebで注文できるサービスがある中で、どちらが安いか比較してみるのもよいだろう。造形サービスを活用し、さまざまな3Dプリンタで造形を試しながら、自社に最適な3Dプリンタを選定していくのがよいだろう。
造形サービスの利用は非常に有効であるが、サービスに依存しすぎては、社内に3Dプリンタの活用ノウハウがたまらない。自社で3Dプリンタを保有しトライできる環境を整えておくことも重要である。これからのモノづくり、未来への投資だと思って、ぜひ前向きに3Dプリンタの社内導入を検討してほしい。
設計業務における3Dプリンタ活用と求められるスキル
社内に3Dプリンタが導入されても、設計以外の部署に設置されていては、許可を得る手続きに時間がかかり、使いたいときに気軽に使えない。これでは外部に依頼するのと変わらなくなり、設計者の業務効率化につながらない。
せっかく3Dプリンタを導入するのであれば、試作のスピード感を早めよう。設計者が帰宅する前に、その日作成した3次元データの3Dプリントをスタートさせ、次の日の朝に出社したらモノができていて、すぐに設計検証が行える。このスピード感があれば、製品開発力や競争力が向上し、厳しい市場環境にも打ち勝てる。設計者もすぐに試作して確認できることで、安心して次の設計に進める。
一昔前、3Dプリンタは「積層造形装置」とも呼ばれ、オフィス内には置けないほど大規模な機器だったが、最近ではオフィス内に置ける小型・省スペースの3Dプリンタも多い。設計者1 人に3Dプリンタ1 台は極端な例だが、より良い製品を生み出し、品質向上、コスト削減、納期短縮を実現し、次につながるイノベーションを創出できるという、そんな製品開発の現場を目指すのであれば、設計者が好きなタイミングで試作できる環境を構築すべきである。トライ&エラーを何度も繰り返すことで、設計力は向上する。特に新人や若手の設計者にとって、3Dプリンタは失敗を経験して成長できる有効な教育ツールなのである。
決してはじめから高価な3Dプリンタである必要はない。安価な3Dプリンタから導入し活用していく、というアプローチでもよい。もちろん安価な3Dプリンタの場合、精度や品質は落ちるが材料費は安く、機種や使い方によってはデザイン検証だけではなく、組立て性やはめ合いなどの設計検証にも使うことができる。
3Dプリンタは高速(Rapid)で試作品(Prototyping)を製作する「RP」として昔から活用されているが、最近では「AM(Additive Manufacturing:付加製造)」という表現で認識されはじめ、「DDM(DirectDigital Manufacturing)」として、試作ではなく最終製品に3Dプリンタで製作したパーツを使用する事例も数多く生まれている。また、3Dプリンタで型(樹脂型)を製作して小ロット生産などに使用する「デジタルモールド」(考案:有限会社スワニー)と呼ばれる技術も登場している。
最終製品とまではいかなくても、製造や生産現場で使用する治具を3Dプリンタで製作する事例は数多い。3Dプリンタの活用は設計力の向上だけでなく、現場力の向上にもつながる。3Dプリンタだけでモノをつくる必要はなく、精度が必要な箇所は切削を別途行うなど、技術を組み合わせることで用途が広がっていく。3Dプリンタには、試作以外にもさまざまな活用用途がある。設計者が3Dプリンタの機能や特徴を理解し、試作ではなく製品製作に活用するようになるのも、今後の企業の事業継続そして未来のモノづくりには必要である。3Dプリンタを使っていくうちに知識も増えていき、周辺ツールも進化していく中で、少しずつ活用の幅を広げていけばよい。
経営者や開発リーダーは、設計者のために“遊び場”をつくってあげると、そこから創造的な発想が生まれ、新たなイノベーションにもつながる。少しの余裕が設計者を次のステージへと成長させるのである。残業を減らすだけではなく、楽しく仕事ができる環境を整えることも、立派な働き方改革であり、DXにもつながっていく。
おそらく近い将来、設計者に必要なスキルとして“3Dプリンタの活用を前提とした設計力”が問われる時代が訪れる。3Dプリンタだけでなく、ほかの3 次元ツールをうまく組み合わせた製品開発の知識やスキルが必須になってくるだろう。これまでの切削や板金加工などの加工方法にとらわれない設計思考が必要になってくる。3Dプリンタだから可能な設計形状を考え、より軽量化された剛性が高い魅力ある製品を生み出していかなければならない。トポロジー最適化、ジェネレーティブデザインなど、それらに必要な3 次元ツールの開発も進んでいる。本連載がそうした時代に向けた準備、心構えの助けになれば幸いである。