機械設計 連載「事例から見る摩擦・摩耗の基礎とトラブル解決手法」
2025.11.06
最終回 トライボロジー課題解決事例
安藤技術士事務所 安藤 克己
耐熱・耐摩耗技術(肉盛ロール)
製鋼工程(転炉、連続鋳造)の連続鋳造ロールは、過酷な条件で使用される肉盛ロールであり、熱き裂、摩耗、腐食により、母材表面の肉盛材が損耗すると、交換し、肉盛部を再生して繰返し使用される。肉盛材の寿命延長は修繕コスト削減の主要課題であり、表23)に示すように、連続鋳造ロール肉盛材は、13Cr系溶接肉盛をベースに、耐熱き裂性が要求される部位には13Cr 系溶接肉盛+自溶性合金溶射、耐食性が要求される部位には高Cr-Ni 系の高合金系溶接肉盛が開発、適用されている。
自溶性合金溶射は、溶射吹付後に再溶融処理(フュージング)を施すことによって、緻密で母材との密着力の高い溶射皮膜層を形成する。1976年に最初のJIS が制定された古くからある技術であるが、Ni 基合金系は耐摩耗性、耐食性、耐高温酸化性に優れており、圧延工程(熱延)などでも広く使用されている4)。連続鋳造機の上部で使用される小径ロールは熱負荷が大きく、高温環境下での摩耗、熱き裂や腐食などの損耗が大きいため、耐食性、耐酸化性に優れたNi 基合金肉盛材が開発、実用化されている。
図54)に、連続鋳造ロール肉盛材の材料特性(引張強さおよび0.2%耐力、高温硬さ)を示す。従来材の13Cr系、17Cr-4Ni系肉盛材より、高温まで優れた特性を示す。各種肉盛材の実機使用結果から、コストと寿命評価を行い、耐熱き裂性、耐摩耗性、耐食性を考慮した肉盛材として、13Cr 系、高Cr-Ni 系、13Cr 系+自溶性合金溶射、Ni 基合金系の肉盛材の中から、最適な肉盛材を選定している。
高摩擦・耐摩耗技術(溶射ロール)
圧延~表面処理工程(冷延、めっき)では、鋼板を搬送するために多くのロールが使用されている。鋼板搬送ロールは鋼板と直接接触するため、鋼板の表面品質に大きな影響を及ぼす。鋼板製造プロセスは多岐にわたるが、常温で使用されるロールは、ウレタンゴムなどのソフトライニングロールとWC溶射などのハードライニングロールに大別される。
弾性体のソフトライニングロールの表面は平滑であるのに対し、剛塑性体のハードライニングロールは表面テクスチャが問題となる。ハードライニングロールには長期間安定して使用できる耐摩耗性と鋼板のスリップを防止する高摩擦係数が要求され、常温雰囲気では、表面粗さRaが2~8 μmの粗面化したCrめっきロールと粗面化したWC溶射ロールが使用されている。数十~数百μmの表面被覆のため、種々の溶射法が実用化されているが、緻密かつ高硬度で、フレーム温度が比較的低く、皮膜応力が圧縮応力となるため、剥離しにくい皮膜が形成できるHVOF(高速ガスフレーム溶射、High Velocity Oxy-Fuel Spray)によるWC溶射ロールが常温~500℃の温度では主流である。Cr めっきよりWC溶射の方が長寿命であることは実機および実験的にも確かめられている5)。
第5 回で述べたludema の考え方でいけば、材料(material) はWC 溶射ロールとなる。潤滑(lubrication)の視点では、鋼板の高速搬送ではエアレーションと呼ばれる鋼板の浮上現象が発生することがあるが、この現象は、実験的、理論的に解析されており、油膜パラメータΛ と同様に、エアフィルムパラメータh/σ(h:浮上量、σ:表面粗さ)を定義すると、h/σが3 以上で、実ラインでスリップが発生することが示されている6)。
スリップを発生させないためには、粗面化ロールの表面粗さは、h/σが3 未満であることが必要である。設計(design)の視点から、高摩擦かつ低摩耗となる粗面化ロールの表面性状最適化を図った。図65)に、従来法のショットブラスト溶射ロールと開発したピークカット溶射ロールの3 次元表面形状を示す。ピークカット溶射ロールは、第2 回の図5 で示した知見に基づき、高摩擦かつ低摩耗となるように設計したものである。ショットブラスト溶射ロールは、突起部が摩耗していくと、表面粗さが低下し、スリップ発生に至る。ピークカット溶射ロールは、ショットブラストによる初期表面粗さを大きくし、突起部を研磨したものである。耐摩耗性を、最大高さ粗さRzの低下率(Crめっきロールの低下率を1)で評価した結果を、図75)に示す。ピークカット溶射ロールが、高摩擦、低摩耗の点でCr めっきロール、ショットブラスト溶射ロールより優れていることがわかる。
参考文献
1 )安藤克己、辻雅芳、堀切川一男:トライボロジー会議予稿集1992-10(1992)、pp.231-234
2 )安藤克己: トライボロジスト、日本トライボロジー学会(2000)、p.98
3 )大石直樹、四阿佳昭、栗栖泰、和田和美、石森裕一:新日鐵技報、391(2011)、p.114
4 )山田昌寿、内山輝之、司城浩一、早苗武士、李ユ、津田健太郎、栁生好二:新日鉄住金技報、402(2015)、pp.32-35
5)安藤克己:トライボロジスト、46、9( 2003)、pp.722-727、に加筆
6 )小寺孝正、田中康治:トライボロジー会議予稿集1994-10(1994)、pp.371-372