東京精密発條(横浜市都筑区)は、工作機械に用いる各種機器や曲げ金型の製造を行う企業。なかでも同社が独自開発したプレスブレーキ用曲げ金型「ウイングベンド」シリーズでは、従来の板金加工では難しいとされていた「傷がつかない曲げ加工」を実現し、国内だけでなくドイツを中心に欧州のプレス加工業界でも高い評価を得ている。
同社では2024年6月1日に、前田高明会長の長女で取締役の大西貴子氏が新社長に就任した。まったく別の業界で活躍していた大西社長が3代目として経営のたすきを引き継ぐことになったきっかけや、今後の展望などについて話を聞いた。
「発條(ばね)」から「板金」へ
東京精密発條の創業は1930年。当初は社名が示す通り、発條を製造する企業として事業を開始した。しかしその後、時代の流れとそれに伴う市場の変化に対応するために60年に事業転換を行い、板金加工業に参入。創業当初から培ってきたばねの製造技術を活かして、現在の事業につながる工作機械向けの板金製造を手がけるようになった。
そうしたなか、1970年代から独自開発した自社製品の展開を開始。現在は主に4つの製品の製造販売を行っており、そのうちの3つは工作機械の周辺機器だ。
工作機械に設置し切削加工で発生した切りくずを搬送・排出するスパイラルコンベア「スパルコン」シリーズは、軸を持たない特殊強靭ばねの回転を推進力として、切りくずを絡ませることなく機外へ排出できるのが特徴。ユニットを組み合わせることで最長18mの長さで構成することが可能で、切りくずの搬送ルートにも柔軟に対応させることができる。
工作機械が稼働する際に飛散する切りくずや切削液などから機械の摺動部を保護するテレスコカバー「シャトルガード」シリーズでは、高剛性のパンタグラフを平行に2本装備する構造や、金属製ダンパーによるショックレス化、軽量化などによって、機械稼働時の加工速度への高い追従性を実現。同製品は国内の主要大手工作機械メーカーの製品で広く採用されている。
このほか、工作機械周辺機器として、工作機械のスクリューやプレス機械のポストを保護するエクスパンド式防塵カバー「スクリューカバー/ポストカバー」シリーズも展開する。
傷がつかない曲げ金型
現在これら工作機械周辺機器が同社の売上の多くを占めるが、一方で同社が新たに展開を図っているのが、2002年に独自開発したプレスブレーキ用曲げ金型「ウイングベンド」シリーズ。本シリーズは改良モデルとして2015年に発売を開始した「ウイングベンドプラス」シリーズとともに、国内外のプレス加工現場でその評価が高まっている。
同シリーズは、ひと言で言えば、「ワークに傷がつかない曲げ加工を実現できる曲げ金型」。対応板厚は0.3~9mm。従来のVダイを用いた曲げ加工では、パンチでプレスしたときにワークの側面がVダイの2つの肩部で線接触し、そこに圧力が集中して曲げ傷や擦り傷が発生することが問題となっていた。こうした傷は現場では「曲げ加工において避けられないもの」という考え方が半ば常識となっており、後工程で研磨や塗装処理などを行うことで対応するケースが多く見られる。同シリーズではこうしたプレス加工における長年の課題の解決に照準を定めた。
パンチがワークを押し込む力によって、ウイングベンドプラスの上部の面部分がV字状に開き、曲げ加工を行う
ウイングベンドプラスの内部に組み込んだばねの力によって、パンチが持ち上がると面部分は元の水平状態に戻る
従来のVダイと異なり、ワークを面で支える構造を採用することで曲げ傷や擦り傷の発生を回避する。具体的には、水平を保った面部分が、パンチがワークを押し込む力によってV字状に開いて曲げ加工を完了させる。金型内部に組み込んだばねの力によって、パンチが持ち上がると面部分は元の水平状態に戻る。ばねを用いた内部機構の採用に至ったのは、創業時から長らくばねの製造を手がけていた同社ならではの発想と言える。
ステンレスや銅などは鉄と比べて傷つきやすく、特に傷が問題となりやすいが、同シリーズはこれらの材料の加工に向く。また、Vダイによる曲げ加工では傷の発生を防ぐためにワークを保護シートで覆う方法が多く見られるが、工程が1つ増えてしまうほか精度を高めるうえでも問題となる場合がある。同シリーズではそうした問題も解消した。さらに、ワークを面で支える構造によりショートフランジ加工が容易になるほか、穴あけ加工後の曲げ加工における穴の変形も抑えることができる。
従来のVダイで加工したワーク(上)で確認できる曲げ傷や穴変形が、ウイングベンドプラスで加工したワーク(下)には見られない
また、改良モデルの「ウイングベンドプラス」シリーズでは、ワークと接触する面部分を覆い、ワークと同期して動くスライダーを新たに搭載。前シリーズで課題となっていたこすり傷の発生を解消したほか、スライダーを採用したことで、複数の曲げ金型を並べた際のつなぎ目で起こる金型分割傷の発生も防げるようになった。同シリーズは2023年、神奈川県内の中堅・中小企業の技術開発の奨励と技術開発力の向上を図る神奈川工業技術開発大賞で奨励賞を受賞した。
ウイングベンドプラスは2023年に神奈川工業技術開発大賞で奨励賞を受賞。左から、元技術顧問、大西氏、会長(写真提供:東京精密発條)